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話題ですね〜。
なので一応医療者のIswatとしては乗っかろう。

「自分の勤務中に患者が亡くなると、その説明を家族にしなきゃいけないのがイヤだった」

うん、これはね、ちょっとわかる気はするんだよ。
「と言うのは危険だ」と指摘するツイートもあったが、まあとりあえず読んでください。

患者が亡くなるとつい感じたり思ったりするのは、
「自分の看護が良くなかったか?」
「また家族にこんな重たいことを説明するのか…」
「定時で帰れないなぁ」
など色々ある。ましてや終末期や延命治療の病棟なら、それが日常的にあるわけだ。
看護師になった人は、患者が回復することに喜びを感じるのが通常なわけで、患者が死ぬことに喜びを感じる看護師はいないし、いくらホスピスだ死の受容だと言っても、そうそうできるものじゃあない。
仮に、看護師は患者の死を客観視できていても、家族はそうではないから、毎度毎度家族の辛そうな悲しそうな姿を見るのはゲンナリもするだろう。
医療者が持つ葛藤や苦痛というのをもっと世間にはわかって欲しいと思うし、その現状を知って欲しいとも思う。

が、

「だから自分の勤務時間じゃない時に死ねばいいと思った」

というのはね…なんつーかなぁ…ホントにそのままの意味ならかろうじて理解できないことはないんだが、実際はそうではなかったわけです。ツイッターを見る限りではちゃんと整理できている人は少ないなという印象だったが、問題なのは「死ねばいい」じゃなくて「殺した」ってとこなのよね。
「死にそうな患者がいたら自分の勤務帯はなんとしても持たせる」みたいなツイートを見かけたけど、やはり「なるべくなら患者の死には関わりたくない」という根底意識は誰にでもあるんだと思う。しかしそのために意図的に、自分の勤務帯以外に患者が死ぬような操作をするというのはおかしいだろ、というのが論点よね。
「自分の勤務帯はなんとしても持たせる」と「自分の勤務帯以外に死ぬような操作」の違いがわからない人のために、もう一度シンプルに説明すると、前者は「生かそう」としているのに対し、後者は「殺そう」としているのが明確に違う。これは殺人事件よ?
つまり、犯人の言動をまとめると「自分の勤務帯以外で死ねば自分には色々と責任がないから、そうなるように殺した」なわけですよ。
よって、冒頭の「」が動機となったとは言える。通常はこれをそのまま「殺人」に直結させる看護師はいないと思うが、その動機の部分に少しでも理解を示すと「危険だ」みたいにも言われてますね。

うーむ、「危険」てのはなんなんだ?それを感じる看護師は全て殺人の動機があるって解釈だとしたら極端じゃね?今回は看護師としての葛藤が殺人の動機になっちゃったけど、その葛藤への理解や共感的態度がすなわち殺人の動機であると考えるのは違うんじゃないかってことを言いたい。
「今回の件を通して延命治療の現状を知って欲しい」という意見もありましたが、それに対しては「突き詰めたら、死を待つ人間に生きる価値はないということですか?」みたいな意見も出てきていますね。

だからさ、分けて考えましょうってば。

延命治療に関わるツラさは、看護師なら誰にもある。家族に対し亡くなったことの説明をすることは間違いなく看護の一環ではあるが、その説明をしたいという欲求はありますか?「大切な人を亡くした家族の心のケアをしたい」とは思うでしょうよ。しかしその前に立ちはだかる「死の状況説明」はどうやっても避けられない。家族からすればそこが1番知りたいとこであり、1番聞きたくないことです。説明する側からすればこれ以上に厄介な内容はありません。方法論に個人差はあるだろうけどこれが現状。
でその現状がイヤだから患者を殺したというのは、現状のツラさからの逃避でもなく、医療者として感じる葛藤でもなく、医療者として患者と向き合うというところがすっぽり抜けているので、ただの問題放棄なのです。

だからIswatはこの犯人の動機の部分に多少の共感はしますが、それは動機としてではなく、医療者が持つ苦悩としての共感です。
動機としての共感はないので「自分の勤務帯以外で死ぬように患者を殺害」というところにも共感してません。

そういや、家族が「本人を見るのが辛いから」と面会に来ないのも医療者としては困るところではありますが…そこに関してはどうなんだろうね。日本は家族が世話するのが当たり前みたいな文化だけど、両価性って言うのかなぁ…生きてたら困るけど死んでほしくはないとでもいうのか、家族ってそういう苦悩があるだろうね。
「安楽死を考えるきっかけにもなる」といったツイートも見かけた気がしますが、延命治療ってことはもう本人の意識もないわけで、安楽もクソもありゃしない。これは全然別問題だと思います。

うーむ、ちょっとまとまりを欠く文章だな。多くの人を納得させるにはまだまだ不足な文章ではあるが…この手の問題は、専門職間では随時考えられていなければならないものだとは思う。だから「これを機に考えましょう」ってんじゃ、専門職としてはちょっと不足よね、これまで考えてなかったのかよと。
しかし世間は違う。それぞれ専門分野は違うし、専門なんてない軽作業だけで仕事してる人はもいる。今回の事件は、そういう人たちも被害者になり得る事件であったからこそ話題になっていると思うのよ。現場に苦痛を感じる医療者の暴走ってだけじゃない。

だから…あ〜わからん。ただ言えるのは、この事件をきっかけに、専門職じゃない人にもこの現状を知ってもらうのは、悪い事ではないんじゃないかと。
専門職なんてそこしか見えてないしプライドも高いから結構厄介。案外世間一般の意見の方が、掘り出し物だったりすることもあるしね。
まあそんなわけで、この事件はなにをもって解決となるかはわからんが、風化させちゃならんと思うよ。精神科で言えば宇都宮病院事件に匹敵すると個人的には思ってる。皆が皆本当に安楽な医療を感じられるのはいつの日になるやら…
2018/07/11(水) 23:16 社会 PERMALINK COM(0)
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